痛みへの耐性が高い人と低い人の特徴とは?
同じ強さの刺激でも人によって痛みの感じ方は違い、中には全く痛みを感じないという人もいます。痛みを感じやすい人と感じにくい人の違いはどこにあるのかについて、シドニー工科大学理学療法士のジョシュア・ペイ氏がさまざまな観点から解説しています。
Some people say they have a high pain threshold. Here’s why
https://theconversation.com/some-people-say-they-have-a-high-pain-threshold-heres-why-244633
痛みを表現する言葉のひとつに、「痛みの閾値(いきち)」というものがあります。これは、熱、冷たさ、圧力などの刺激を受けて痛みを感じるようになる時点を指すものですが、閾値は非常に複雑で、単なる物理的刺激の強度によって決まるのではなく、遺伝学や心理学、文化に至るまでさまざまな背景が関係しているとペイ氏は指摘しています。
ペイ氏は閾値に影響するいくつかの因子を紹介しました。
◆性差
いくつかの研究では、女性は一般に痛みに対して男性より敏感で、多くの痛みを伴う症状に対して男性より弱く、生涯を通じて男性より多くの痛みを経験することが示唆されています。先進国10カ国と発展途上国7カ国における一般的な慢性疼痛状態(頭痛、背中や首の痛み、関節炎や関節痛、その他の慢性疼痛)を調査したある研究では、女性の痛みの有病率が45%、男性が31%と、明確に違いが生まれたことがわかっているそうです。また、別の研究では女性の方がペインクリニックを受診する割合が高いとの結果も示されています。この違いはテストステロンなどホルモンの違いが影響しているとの見方もありますが、実際の所はよくわかっていないとのことです。
一方で、痛みの閾値における性差は、女性よりも男性にストイックさを求める「社会規範」が反映されている可能性もあるといいます。多くの国や文化では「男性は強くあるべき」などの規範意識がありますが、ペイ氏によると、この意識が痛みの感じ方を変えてしまい、男性がささいな痛みを報告しなかったり、あまり痛みを訴えなくなったりするとのこと。また、相対的に女性が痛みを訴えることが多いと感じられることもあり、このようなジェンダーバイアスで、女性患者は男性患者より鎮痛薬を処方されにくいなどの事例が確認されているといいます。
女性は同じ痛みを訴えた男性より鎮痛薬をもらえる割合が低いという研究結果 - GIGAZINE
このように、ホルモンのような生物学的要因に加え、痛みを表現する意欲の違いが、性差として現れている可能性があるとペイ氏は指摘しました。
◆すでに痛みを抱えているかどうか
慢性的な痛みを抱えている人は普通の人よりも圧迫の痛みに対する閾値が大幅に低いという研究結果が報告されています。慢性的な痛みを発症する前から閾値が低いのか、それとも後になって閾値が下がるのかは明らかではありませんが、慢性的な痛みのせいで中枢神経が過剰に反応してしまっている可能性が指摘されています。
◆免疫系
風邪やインフルエンザにかかったときなど、身体に炎症が起こると痛みの閾値が突然下がることがあるそうです。例えば、新型コロナウイルス感染症を発症した人の多くが炎症によってささいなことで痛みを生じたことを報告しているほか、足首の捻挫のような急性の怪我も炎症を誘発し、痛みの閾値を下げることがわかっているといいます。ペイ氏は「足首の捻挫に氷が効く理由のひとつは、氷が負傷部位の炎症を抑え、痛みに対する閾値を少し回復させるからです」と述べました。
◆心理的影響
不安、恐怖などの心理的要因は痛みの閾値の低下と関連しています。2020年の研究では、激しい痛みを生じさせる慢性骨盤痛を抱える女性においては、不安やうつ病などの精神状態が痛みの感じ方と関連している可能性があるとの結果が示されています。2024年に公開された別の研究では、一生のうちに経験したトラウマが人生の終末期の痛みに関連していることが報告されました。
人生で経験したトラウマが晩年の身体的な痛みや孤独感に影響しているという研究結果 - GIGAZINE
このように、心理状態が悪化することで痛みを感じやすくなる可能性がいくつかの研究で示唆されていますが、反対に心理状態を良くすることで痛みを感じにくくなるとの研究結果もあるそうです。
◆文化的規範
男性は強くあれ、などの性差による規範に加え、特定の文化によっては性別に関係なくすべての人にストイックさを求めるところもあります。こうした文化圏ではささいな痛みを我慢するようになり、次第に慣れてしまって痛みを痛みと感じなくなるかもしれません。ストイックさを奨励する文化もあれば不快感を公然と口にすることを良しとする文化もあり、こうした文化の違いが痛みの閾値を変える可能性があります。
◆赤毛
日本人にはあまりなじみのない「赤毛」の遺伝子を持つ人は、赤毛を生じさせる遺伝子の変異により、痛みの感じ方が異なるという研究結果もあります。しかし、赤毛の人は熱のような特定の刺激に対しては痛みの閾値が低く、電気のような他の脅威に対しては閾値が高いという刺激による違いもあり、このメカニズムはまだよくわかっていないそうです。
ペイ氏は「痛みの閾値がさまざまな要因で変化することを理解するのは、単なる学問的な研究ではなく、医療にとって重要な意味を持ちます」と指摘しています。例えば、医療関係者が痛みを見誤ると不適切な治療や鎮痛剤の使いすぎにつながる可能性があり、性別や人種などに基づく誤った判断をしてしまう恐れもあります。
貧しい人々の「痛み」が過小評価されて治療に格差が生じている可能性 - GIGAZINE
ペイ氏は「人に合った痛み治療を可能にするためには、痛みの閾値をよりよく理解する必要があります。広い視点を持ち、人の閾値がどの程度変化するかを理解すれば、慢性的な痛みのリスクや最善の治療法を理解するのに役立つかもしれません」と述べました。
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